海外旅行用の円紙幣を宅配するFRCの破綻 - 日本経済新聞
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海外旅行用の円紙幣を宅配するFRCの破綻

米カリフォルニア州サンフランシスコ市のザ・オリンピック・クラブといえばゴルフクラブの名門中の名門で会員のステータスも高い。そこのメンバーである米国人の友人が観光で来日した。聞けば、破綻した米地銀ファースト・リパブリック・バンク(FRC)の口添えで正会員になれたという。

日本に旅行に行くといえば、地方は現金社会の風潮が強いからと円紙幣を宅配してくれるなど、至れり尽くせりのFRCのサービスだ。日本流にいえば「お客様は神様です」というニュアンスの表現が同行最高経営責任者(CEO)の口癖だったという。

ワシントン州の高級リゾートマンションを購入したときには住宅ローンを固定金利2%台で組んでくれたそうだ。今や、米連邦準備理事会(FRB)の「ジャンボ利上げ」にともない米国の住宅ローン金利は30年物が6%を超える時代だ。ふと、こんなことが、いつまで続けられるのか、と思ったという。いま資産運用なら米国債やマネー・マーケット・ファンドで年率4%以上のリターンが得られる。住宅ローン締結の条件で開設した当座預金は閉鎖したいが、当座預金口座の残高が大幅に減ると、ローン金利が上がる仕組みになっていたという。

ここから浮かびあがってくるのは、進歩的な気風で知られるサンフランシスコで、旧態依然たる伝統的富裕層向け銀行業が粛々と営まれてきたということだ。低金利の預金をかき集め、低金利の富裕層向け住宅ローンで運用する。米国債も運用対象となる。行員は預金獲得競争を強いられる。その全てが、FRBの史上最速利上げという想定外の事態で、巨額の赤字を生むシステムになってしまった。

シリコンバレーバンク(SVB)の破綻に関して「教科書に書いてあるような経営の失敗」となどと批判している米銀行監督当局も、責めを免れまい。

パウエルFRB議長にとっては、なんとも間が悪い成り行きだ。5月の米連邦公開市場委員会(FOMC)直前に新たな銀行破綻が起きてしまった。市場安定のために利上げは見送るのか、あくまでインフレ抑制を優先させて予定通り0.25%の利上げを強行するのか。この選択に正解はない。どちらを選択しても「ルーズ・ルーズ(負け・負け)」となるのは必至だ。

市場では、やはり0.25%の利上げを実行したうえで、さらに、6月会合でも利上げする可能性さえ語られるようになっている。4月28日に発表された米個人消費支出(PCE)物価指数(コア)が年率4.6%上昇と、インフレ圧力の根強さが改めて浮き彫りになったからだ。このインフレ指標は、かねてパウエルFRB議長が最も重視していると明言している。5月のFOMC声明文に「さらなる引き締めがいまだ(yet)あるかもしれない(may be)」などの表現が入ると、市場は色めき立ちそうだ。

なお、2024年の米大統領選がすでに視野に入り、ホワイトハウスも経済問題には極めて神経質になっている。前FRB副議長で、現国家経済会議(NEC)委員長のブレイナード氏が、連絡調整役になっているが、バイデン大統領としても、インフレも銀行破綻も極力回避せねばならない。しかし、その両方を満たす解は無いと言ってよかろう。FRBの政治的独立性を尊重しつつも、いずれ苦渋の選択を迫られるのは必至だ。

ニューヨーク市場でも、米国を代表するバンカーであるダイモンCEOが率いるJPモルガン・チェースが買収するかたちでの決着を巡って、ハチの巣をつついたごとき騒ぎになっている。FRCが保有するローン残高の買い取りにあたっては、米連邦預金保険公社(FDIC)も損失を一部共有するなど、したたかに買収案をまとめた。SVBの破綻と比べ、露骨な公的救済は回避したが、ステルス(隠れ)救済ではないか、との指摘も根強い。

次に危ういのはどの銀行か、との臆測も流れる。しかし、市場も当局も、最も恐れるのは、銀行ライセンスを持たず、規制も相対的に緩かったシャドーバンク(影の銀行)だ。プライベートキャピタルと呼ばれる金融会社がそのカテゴリーに入る。サプライチェーンファイナンスという一時は画期的ともてはやされた手法を売り物にしていた英国のグリーンシル・キャピタルという金融会社が破綻したとき、クレディ・スイスの関与も明らかとなり、最終的には同社が経営不振で買収される一因となった事例が市場の記憶には鮮明に残る。

「次のグリーンシルはどこにあるか」。マーケットは見えないリスクにいら立つ。「潮が引いたとき、誰が裸で泳いでいたか分かる」――バフェット氏の名言が、市場参加者の心にグサリと刺さる。

マーケットの疑心暗鬼は、募るばかりである。

豊島逸夫(としま・いつお)
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
・ツイッター@jefftoshima
YouTube豊島逸夫チャンネル
・業務窓口はitsuotoshima@nifty.com

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